第53回さっぽろ夏まつり北海盆踊り

訪問日:2006年8月17日(木)

場所:札幌市大通西7丁目

さっぽろ夏まつりの催しの一つとして8月14日から20日までの1週間にわたって開催され,最終日は仮装コンクールとなる。もともと昭和28年に始まったHBC(北海道放送)の納涼盆踊り大会が発祥で,同34年に中島公園から大通り7丁目広場に会場を移して現在に至っている。

「北海盆唄」と「北海よされ節」による盆踊りは,都会らしく非常に洗練されており,名人級の踊り手と唄い手が参集するまさに道内最高峰の盆踊り大会である。

18:30〜19:30 子供盆踊り

都心のオフィス街の真ん中という場所柄,子どもの参加はあまり多くなく,踊り手の半数以上は大人である。曲は持田ヨシ子版が使用されており,司会者が「シャンコシャンコの踊り」と呼んでいるところに原曲へのこだわりが感じられる。太鼓は叩いたり叩かなかったりで迫力がないが,途中で太鼓体験の時間が設けられ,抽選で選ばれた8人の子どもたちがステージ上で太鼓を叩いた。

2006年は「進研ゼミ」のベネッセがスポンサーとなったため,途中で2回ほどしまじろうの「たべものソーランぶし」が踊られた。

踊りが終わった後には,慣例によって子どもたちにプレゼントが配られた。

「子供盆おどり唄」動画(4.1MB)

「たべものソーランぶし」動画(2.9MB)

19:30〜21:30 北海盆踊り

子どもの部はさほどの活気が感じられなかったが,大人の部が始まるとがらりと雰囲気が変わり,会場が一気に盛り上がってきた。ステージ上では地方(じかた)の人達が整列し,おのおの名前を紹介される。民謡連盟の最高師範や北海盆唄全国大会の優勝者など,名人級の唄い手が顔を揃えている。

唄い手が名人級ならば,踊り手も名人級の人達が参加しており,長年の鍛錬から繰り出される芸術的な踊りの迫力は,よさこいソーランの比ではない。そして,レベルの高い盆踊り大会だからといって素人が参加しづらいかといえばそんなことはなく,初めての人でも気軽に輪に加わって,名人の真似をして楽しく踊っている。伝統芸能の格式を保ちつつも,すべての人に開放されているという,微妙なバランスの上に成り立っているのが盆踊りの魅力である。

唄は「北海盆唄」と「北海よされ節」が時間にして2:1程度の割合で唄われる。「北海よされ節」は戦中から戦後しばらくまで道内の都市部で主流をなしていた盆踊り唄であるが,現在でも踊られている地域はほとんどないと思われる。踊りは両者とも変わらない。北海盆唄の歌詞は下記の通りで,基本的に『北海盆唄考』に採録されているものが唄われていた。唄い方は『北海盆唄考』でいう典型的なI型で,初めの「ハー」を4拍分伸ばし,こぶしを入れて下げどめ,また「アレサナー」を低く歌い出している。

踊り手の中には創作的な振付を披露しているグループもいくつかあった。特に終盤になると,一般の参加者もそれらのグループを先頭に真似て踊り,会場を盛り上げていた。

「北海盆唄」動画1(4.3MB)

「北海盆唄」動画2(2.1MB)

「北海よされ節」動画(3.3MB)

北海名物 数々あれど おらが国さの 盆踊り
揃ろた揃ろたよ 踊り手が揃ろた 囃子太鼓の (意気のよさ)
主が唄えば 踊りが締まる (櫓太鼓の 音も弾ずむ)
唄え踊れよ 叩けよ太鼓 月の世界に 届くまで
踊り揃うて 輪になる頃は 月も浮かれて 円くなる
来たは十七 蕾の頃に 今は二十一 花盛り
若い日本の 憧れ抱いてよ 夢も明るい 北海道
山は大雪 雲間に晴れて 蝦夷の昔を 語るやら
阿寒大雪 支笏に洞爺 尽きぬ絵巻の 北の国
花の盛りを 紅鉄漿忘れ 拓くトド山 ガンビ山
波の花散る 津軽の海を 越えて蝦夷地へ いつ来たや
燃えるハマナス 乙女の胸に 櫓太鼓に 夜が更ける
遠い遙かな 石狩川に ○○は流れる ○○○○○
踊る○○○○ 夢みるひ○に 星は涼しい 北斗星
山で暮せば 侘いものよ 水にコブシが 散るばかり
海は呼ぶ呼ぶ 飛沫が招く 咲いたハマナス 誰を待つ
色も香もよい 丸くて可愛い 味の十九の 初リンゴ
五里も六里も 山坂越えて 逢いに来たのに 帰さりよか
※「○○○」は歌詞不明,(   )内は一般的な歌詞からの推定