| T9 | 沼貝村 | 32,321 | S35 | 美唄市 | 87,345 | H17 | 美唄市 | 29,073 |
風が唄い光が踊る大地――ようこそ,美しき唄のまちへ
美唄市は炭鉱で栄えた街。市内から炭鉱の灯が消えたのは昭和48年3月。全盛期には人口92150を有したが,今はその1/3になってしまった。美唄市外を通る国道12号は日本一の直線道路として名高い。また,バイパスによらず市の中心街を幹線国道が通過するのも今では珍しい。国道と交差して縦横に広がる商店街に往時の雰囲気が残る。
国道12号美唄〜滝川の29.2km。国道12号は慢性的に渋滞が発生していたが,道央自動車道の開通によりいくぶん緩和された。深夜〜早朝は流れもよくなるが取締りに注意。
ガラクタこそ宝の展示ポリシー,露出展示。「泥炭」の展示あり,市役所の北側。
900-1700(月は-1200) 火・祝翌休 100円
町長,市長を親子2代にわたって務めた桜井家の住宅。大通西1条北2丁目。
900-1630(月は-1200) 火・祝翌休 5-10開館
▽美唄屯田兵屋[道有文]
明治24年建築。厩舎がついているのが特徴。美唄屯田騎兵隊弾薬庫付設。
美唄ICの近く,展望台付スペースカリヨンあり。桜名所3500本,ほかツツジ15000本。
1時間ごとに演奏。内部は階段を何周もして上がる展望台になっているが,高所恐怖症には辛い。眺めは次ぎのふるさとの見える丘展望台のほうが良い。(2000.9訪問)
標高240m,160°のパノラマ。細い道を車で上がる。石狩平野一望。夜は若者たちの溜まり場になっている雰囲気がある。(2000.9訪問)
美唄には三菱と三井の炭鉱があった。三菱美唄炭鉱は昭和47年閉山。道道135号美唄富良野線沿いに往時をしのばせる施設が点在している。鉄道跡がサイクリングロードになっているほか,バス(美鉄バス)の便もいいので,1日かけて炭鉱の記憶をめぐって見るのもおもしろい。
美唄鉄道の駅。駅舎とSLを保存。SLは4110式十輪連結タンク機関車2号。線路跡はサイクリングロードになっているが,断崖絶壁の下を走り恐そう。駅舎の隣にサイクリングターミナルがあり,まれに家族連れが利用しているが,熊鈴を一緒に貸してくれるらしい。(2000.9訪問)
美唄といえばアルテピアッツア。旧栄小学校。昭和56年廃校後,H4に開設。屋内外に彫刻家安田侃氏の作品を展示。 美唄市自慢の施設。旧体育館はイベントに使われるので機会があればぜひ。(H11.3訪問)
1000-1900(月は1000-1500) 火・祝翌休
■リンク Arte Piazza Bibai
三菱美唄炭鉱の全山に集中管理方式で電力を供給していた。
スキー場の向かい付近にある。中には往時の写真が展示してあるが,現状とのあまりの違いに驚く。まず炭鉱メモリアル公園を見学してからこちらに戻ってきて確認すると良い。(2000.9訪問)
900-1700 5-10開設 水休 無料
北海道発の円形校舎。昭和49年廃校。美唄の人たちには有名らしいが,私は発見できなかった。
▽我路ファミリーキャンプ場
美唄の最奥部に真っ赤に塗装された竪坑巻き上げ機がそびえている。森林浴コースが整備されており,まれにカップルなどを見かける。現在ほとんど草地,森林にかえっているが,往時はここに巨大な炭鉱施設があり,山肌には炭住が軒を連ねていた。三菱美唄記念館にある写真と比べてみると,あまりの違いに驚く。(2000.9訪問)
道道美唄富良野線全通後に期待。
美唄川沿いの林道,下股沢入口から2km。
函館本線の支線,南美唄駅があった付近。南美唄駅は昭和48年9月9日に廃止された。このあたりには鉱山事務所など,炭鉱関係の建物が町並みとして残っており,全国でも特に貴重なものである。木造の炭住も健在で,リニューアルして使用しているから,まだしばらくは残るだろう。(2000.9訪問)
S30築の映画・演劇館。現在は倉庫として使用。
盤の沢に選炭施設群の遺構が残る。
森林に関する情報を展示。
4万羽のマガンが集まる。マガンは仙台の伊豆沼で越冬し,八郎潟,ウトナイ湖を経て宮島沼に寄留し,カムチャツカ中部へ飛び立つ。4月中・下旬がピーク。無料開放の野鳥観察舎には望遠鏡もある。
▽野鳥観察センター
無料貸出しの望遠鏡のほか,野鳥に関する展示もある。
800-1800 4/1-5/10,10/1-10/31開設
9月上旬の日曜開催。いまや美唄といえば百万凧といわれるようになった祭りで,全国各地から集まった凧による演技が見られる。会場は美唄市農道空港で,美唄駅から15分おきに無料バスが運行される。
■リンク 百万凧まつりin美唄