トップページ ドラマ鬼峠について 登場人物 解説 ロケ地マップ

○占冠駅ホーム(夜)

鉄夫が札幌行きの列車を待つ。列車が到着する寸前,カバンを落としてしまう。カバンから荷物が散乱し,新聞紙に包まれた赤い長靴が目に留まる。

○鉄夫の回想

すすきののバーのカウンターで紀子がつぶやく。

紀子「もうなくなっちゃってるんだろうな,あの赤い長靴。あの鬼峠越えて,わざわざ私のために長靴買ってきてくれたとき,本当嬉しかったわ」

○占冠駅ホーム(夜)

鉄夫が長靴を拾う。

オープニング

○すすきの(夜)

鉄夫と広が街を歩く。

○すすきのから占冠への道中

夜道,鉄夫と広がバイクに2人乗りして占冠へ帰る。紅葉に映える橋を渡り,大平原で2人立小便。

○鉄夫の家

チズが神棚にローソクを捧げる。

○すすきのから占冠への道中

途中で広を降ろす。鉄夫はさらにバイクで鬼峠を越える。

○ニニウの廃屋

鉄夫の声「もう70年も前の話になる。ここに鉄道が通り,駅ができるという話を聞いて村ができたのは」

○鉄夫の家

広から電話が来る。札幌は週に1回という2人の間での暗黙の了解があったのに,広は毎日のように札幌に行く。それを鉄夫がとがめる。

○ニニウ空撮

鉄夫がバイクに乗って広の家へ向かう。

鉄夫の声「オレは小さい時からこの村を出るつもりだった。オレは百姓が嫌いだった」

○鬼峠

鉄夫がバイクで鬼峠を越える。峠のトンネルで紀子とすれ違う。

鉄夫「あの,あんたどこ行くの」

紀子「ここ,鬼峠ですよね。この峠越えたらニニウですよね」

鉄夫「そうだけど」

聞くと,刈り入れのアルバイトを役場から紹介されて鉄夫の家を訪れるところだという。

○鉄夫の家(夜)

チズと鉄夫と紀子がちゃぶ台を囲んで夕食。鉄夫と紀子がお互いのことを楽しそうに話す。突然,チズが「電話だ」とつぶやく。チズはときどき変なことを言うが,気にしないでと鉄夫は紀子に説明する。赤電話は小学校が廃校になった時,役場が置いていってくれたものだという。

電話が突然ジリリリと鳴る。

○同(翌朝)

広がトラックで鉄夫の家にやってくる。昨日の電話で鉄夫の様子がおかしかったので心配して来たのだという。

○同・畑

鉄夫と広と紀子が三人並んで腰を下ろして話している。広は紀子にニニウに来た理由などをたどたどしく質問する。

×    ×    ×

チズと鉄夫と紀子の三人,秋の畑で収穫作業にいそしむ。

○広の牧場(夜)

広と鉄夫が牛の赤ちゃんを取り出す。それを見ていた紀子は感動の様子。

○鉄夫の家・外(夜)

月明かりの下,鉄夫が手押しポンプで水を汲み,頭や体を洗う。

○同・中(夜)

紀子はどこかに電話をかけようとするが,ダイヤルを回しかけてたところで受話器を置いてしまう。

○同・外(夜)

紀子が外に出てくる。

紀子「幸せそうな明かり。いい村ね」

鉄夫「いちばん多いときは36戸もあったんだけど,みんな出てって,いまじゃあの鈴木さんとうちだけになっちゃった。」

紀子「どうして,こんないい村を棄てていくんでしょうね」

鉄夫「そら,少しの間アルバイトしながら住むにはいいかもしんないけどな。ずっとここで暮らすとなると,そういうことばっかりじゃないからな」

紀子「ごめんなさい。まだ一週間しかいないのに生意気なこと言っちゃって」

鉄夫「ああ,いや,オレの方こそそういうつもりで言ったんじゃないんだ」

紀子「そうよね。誰だって好きでこんな幸せな明かり消していったわけじゃないのよね」

チズの姿が見あたらない。紀子は田んぼの仕事が終わってからチズが鬼峠のほうに歩いて行くのを見たという。

○鬼峠(夜)

チズが赤い長靴を抱えて,息を切らしながら鬼峠を越えている。途中,山神様の祠にお参りする。

○鉄夫の家・畑

真新しい長靴をはいた紀子と鉄夫が楽しそうに畑仕事をしている。

○同・中(早朝)

2階でチズと鉄夫が眠っていると,電話が鳴る。チズが「うちじゃねえ」とつぶやく。下で紀子がこっそりと電話に出る。

紀子「はいコハシです……。はい,私です……。すみません……。はい,帰ります」

×    ×    ×

○同・茶の間

紀子が札幌に帰る仕度をしていると,チズが独りで語りだす。

チズ「舅(しゅうと)がね,5年たったら必ず北海道引き揚げるから嫁に来てくれって言って福島の村に迎えに来た。18の春,3日間汽車に揺られて根室本線金山駅に着いて,駅逓に一晩泊まって。あくる朝,おかみさんに髪を結いなおしてもらって7足のわらじ持たされて,山道を上ったり下りたり。5時間くらい歩いたら2軒の茶屋が見えてきて,舅は1軒ずつコップ酒を飲んで,せがれの嫁だって私を紹介してくれた。私にはうどんを取ってくれてねえ。舅はいい嫁だいい嫁だってほめられるものだから嬉しくなって,コップ酒を飲んでふらふらになって。ところが舅はまた千鳥足で歩き始めたんだ。それからなんと6時間。もっと山奥に入って鬼峠越えて,ここへ着いたのは真っ暗,ちょうど7足目のわらじの緒が切れてた。その晩は祝言もなんもなくて,掘っ立て小屋の炉のそばで雑魚寝させられた。あくる朝,外へ出てみてびっくりした。どっち向いても山ばっか。驚いている私に向かって舅がこう言ったもんだ。『おめえな,前に見えてる山と一生にらめっこしながら暮らすんだぞ』って。思わずその場で泣いてしまった。こん時だけだ,泣いたのは。あくる晩は納屋の隅にわら敷いて初夜を迎えた。それっきり泣いたことはない。そん時から鉄道の通ったときまで,この村ずっと変わらなかったんだ」

○鬼峠への道中

紀子がニニウを発つ。鉄夫も一緒に歩いて行く。鈴木の爺さんが「ニニウ駅開設の呼びかけ」というポスターを廃屋の壁に貼っている。

紀子「ここに駅が」

鉄夫「昔そんな話しもあった。駅ができるって,村に入植した人もいたけど,結局駅はできなかった。それでほとんどの家が出てった。峠越えしかないこの村では,どうしょうもなく夢だったんだな,駅が。一度夢見ちゃうと,人間ってやっぱり」

紀子「あなたの夢って?」

谷間にかかる橋の上を列車が駆けて行く。紀子が転んで鉄夫にしがみつく。その時,ふと鉄夫に幼い時の記憶が蘇る。

○鉄夫の回想

チズと鉄夫(少年)が鬼峠のトンネルを歩いている。そのとき男と女が駆け足で横を過ぎて行く。少年は「母ちゃん」と叫ぶが,チズは少年を無理やりニニウのほうへ連れて行く。

○鬼峠入口

鉄夫が「鬼が出た,鬼が出た」と発狂し,落ち葉を舞い上げる。

×    ×    ×  (CM)

鉄夫の声「鉄道が通って3年。豊作が続いている。オレと広は蚊が明かりに向かって飛ぶように,片道4時間かけて毎週札幌の明かりを求めて走り続けていた」

○鉄夫の家(夜)

広が車で迎えに来る。札幌へ行く鉄夫の手にチズがお札を握らせる。

鉄夫「婆ちゃん,いつもどっからお札出てくるんだ」

○車の中(夜)

二人とも1週間ぶりの札幌に胸弾む。札幌で女に会っていることはお互い親には教えていないという。鉄道ができてから村は変わり,どうして百姓をやっているのかわからなくなるときもあるという。

○すすきの(夜)

華やかなネオンの灯る街を二人で歩く。

○バー(夜)

広はつき合っている店の女に農家の仕事を熱く語る。紀子は他のお客の相手をしている。広はそれを静かに見つめて一人で酒を飲んでいる。広は今晩札幌に泊まるので先に帰ってくれと,鉄夫に車の鍵を渡す。

鉄夫「だってお前,乳搾りどうするんだよ。牛のエリだってここ2,3日で出産だっていうのに」

「なんも。たまには親父に任せておけばいいんだって。牛の出産なんてペロンといってしまうんだからよ」

○広の牧場

広は最近毎日のように札幌に通い,デントコーンの刈り入れにも遅れてしまった。それを鉄夫がとがめる。

鉄夫「おれ,お前だけにはこの村で百姓続けてほしいんだ」

やがて言い合いとなり,鉄夫が広に殴りかかる。

「どうせ鈴木のとこ出て行ったら,お前も出て行くんだべ。出て行くやつに残されるやつの気持ちなんかわかるわけねえべ。どうせお前なんか,おふくろと一緒で色気づいてこの村出て行くのが落ちなんだべ」

○鉄夫の回想

男と一緒に去って行く母の姿。

○すすきののラーメン屋(夜)

鉄夫が紀子の前でひとり言のように話す。

鉄夫「オレの母ちゃんも村を棄てたんだ。父ちゃんと同じ冬山造材の事故で死んだって,婆ちゃんは言ってるけど,嘘だ。昔,飯場の人夫のご祝儀目当てによく浪花節語りがやってきたらしい。母ちゃん,その男と一緒にオレを捨てたんだ。あの頃はひどかった。凶作,そして減反。みんな町へ出れば何とかなると思っていた。人がいなくなって学校がなくなった村には住めないって,出て行ったんだ。婆ちゃん勘違いしているんだ。俺が母ちゃん探しにしょっちゅう札幌へ来ていると思っているんだ。だからあまり文句言わないし。それならそれでいいと思っちゃって……。オレ何でこんな話してるんだろ」

○紀子のマンション(早朝)

バーからの朝帰り。鉄夫は一度,紀子の父親に会いたいと思って来てみたものの,マンションの前まで来てやっぱり帰ると言い出す。紀子が強引に鉄夫を家に入れようとするが,お父さんは家の中にいなかった。

○同・屋上

二人で屋上に出ると,紀子の父が一人で絵を描いていた。5年前に会社を定年退職してから生きる目標を見失い,少しおかしくなってしまったのだという。絵にはニニウの風景にそっくりな山の中の一軒家が描かれていた。

○鈴木家

鈴木さん一家がトラックに家財を積み込み,ニニウを出て行く。

鈴木「婆ちゃん,それじゃあ元気で頑張ってください。町に来たら寄ってやって,鉄夫ちゃん」

奥さん「どうもお世話になりました」

○すすきののバー

紀子「あの赤い長靴,持ってきて。私ね,あのときだけだったような気がするの。汗びっしょりかいて本気になって働いたの」

だったらまた来ればいいじゃないかと鉄夫は言うが,紀子は父親がいるからダメだと言う。

×    ×    ×  (CM)

○鉄夫の家・納屋(夜)

鉄夫の声「冬が近づいて,一軒,二軒と歯が抜けるように村から出て行くのを小さい頃から見てきた。オレは決めていた」

チズが古めかしい唐箕を回してもみがらを取り除いている。鉄夫が米粒を口に含んで品質を確かめている。そこへ広が訪ねてくる。

○同・鉄夫の部屋(夜)

鉄夫と広が酒を飲みながら話す。鉄夫は畑仕事が終わったら札幌に出て紀子と一緒になると打明ける。広は二人ともよく決心したと感心する。広のつき合っている女は,まだ一度も広の牧場に来たことがない。この間誘ったら,「あんたの車は長く乗っていると牛の臭いがぷんぷんして具合悪くなるから嫌だ」と言われたという。

「オレ,お前にだけはこの村に残ってほしかったんだぜ。見送んねえぞ。オレ出て行くやつは見送んねえ主義なんだ」

○同・外(一週間後)

スーツで決めた鉄夫。赤い長靴を新聞紙で包んでカバンに入れる。チズはいつもどおりたんたんと畑で仕事をしている。

鉄夫「行くぞ婆ちゃん。オレ本当に行くからな。オレ本当に行くぞ。婆ちゃん元気でな。電話すっから」

チズ「鉄夫,トラクタ納屋入れとかんと雨降るぞ,今日は」

鉄夫は言われたとおりトラクターを納屋に入れる。出てきてみると,カバンの脇にお札が置いてあった。

○鬼峠入口

鉄夫が峠に消えて行く。チズの歌声が聞えてくる。

○占冠駅ホーム(夜)

落としてしまった赤い長靴をカバンにしまい,列車に乗り込む。そのとき列車の中から一軒家の明かりが目に入る。

紀子の声「そうよね,誰だって好きでこんな幸せな明かり消していったわけじゃないのよね」

発車ベルが鳴る。

○札幌駅

改札の前で紀子が嬉しそうに鉄夫の到着を待つ。その時,構内放送で呼び出しがかかった。

○駅案内所

案内所に行くと,鉄夫から電話が入っていた。

鉄夫「オレ,やっぱり百姓好きだし。百姓好きにしてくれたのあんただし。よくわからないけど,オレ札幌に行って何やっていいかわからない。オレいま,あんたの履いてた長靴持ってる。これ履いてたあんたの姿,やっぱり,オレやっぱりいちばん好きだ。広の馬鹿がさ……」

○鉄夫の農場

初冬の畑でチズと鉄夫,そして紀子とお父さんがいきいきと仕事をしている。

中島みゆきの「ホームにて」が流れてくる。

終わり