北海観光節小さな旅行記滝上の7つの体験

陽殖園

8時10分,ホテルを出発。

改めて今日の予定の説明を受ける。我々4人のために超ベテラン添乗員でもある林社長直々にガイドをしてくださるとは,まったく贅沢なツアーだ。これから訪れる陽殖園は今回のツアーのメインイベントだという。

道の駅近くの国道沿いに「日本一変わってる庭園・陽殖園・高橋武市」と看板が立っていた。

ついにやって来た陽殖園。通常は10時からの開園だが,毎週日曜日は「園主特別園内ガイド日」として,8時半から園主の高橋武市さんによるガイドツアーが行われる。

受け付け開始時刻の8時20分,時間どおりに高橋さんが園内からやってきて,門を開けてくれた。

並みの園芸家であれば,この季節はずれの寒波にきりきり舞いというところだろうが,高橋さんは「見てのとおりです」と悠然としていた。

来園者名簿に記入し受付をする。園内案内のチラシには,1枚ずつ今日の日付をスタンプで押してくれた。

高橋武市さんはこの地で開拓農家の長男として生まれ,昭和30年に陽殖園を開園。以来,花一筋で今日までやってこられている。

生まれた時からの花好きで,中学生の時は大手種苗会社のカタログを取り寄せて,教科書の下に置いていつも見ているような状況だったという。私は高橋さんの足元にも及ばないが,中学高校時代はやはり年に2回届く大手種苗会社のカタログが待ち遠しくて仕方がなかったほうだから,非常に共感できるところがある。

花で生計を立てるため,切り花やサボテン,自家交配した品種の通信販売などいろいろことをやってきたとのことだが,2003年から観光に専念し,近年の園内の充実ぶりは著しい。折しも,昨今のガーデニングブームにより書籍で取り上げられることも多くなり,イングリッシュガーデン全盛の中にあって,独自スタイルの庭造りは,全国的に高い評価がなされている。

 

一個人の庭園ではあるが,滝上が世界に誇る文化遺産として,町や観光協会も全面的に協力しており,様々なイベントが企画されている。

 

園内に入って最初の見どころは斜面一面の水仙。水仙がとてものびのびと育っているように見えた。水仙が終わればまた次々にこの斜面には花が咲く。

園内の道路も一人で作ってきたもの。夏は花に追われて道路をつくる暇などないので,冬の間に上に積もった雪を除けて道路を作ったのだという。毎日スコップで雪をどかし,1日の作業が終わると,土が凍るのでまた雪をかけておく。そうしてこの部分だけで5年かけて散策路をつけたそうだ。

園内は,お客さんがいつ来ても楽しめるようにという思いから,何百という種類の花が植えられている。基本的には,この土地にもともとあって,自分の力で生きていける花を集めているが,中には希少な品種や,高橋さんが自分で交配して育成した新品種もある。

カラマツ林を通る道。今回は時間の関係で通らなかったが,このコースが好きだという人は多いそうだ。

こちらはトドマツ。このトドマツも高橋さんが植えたものだが,株元では既に次の世代が育ち始めている。森づくりは人の一生のスパンより長い時間がかかることが難しさであるが,高橋さんの場合,本当に若いときからやっているだけに,木をも含めた一体的な庭づくりが可能になっている。

ササを取り除いた跡。ササを取り除くには,毎年新芽が出てきたら,地上の部分だけを刈り取るという作業を3年繰り返すそうだ。そうすると,栄養がいかなくなった根が枯死する。こうして50年以上かかって花畑を広げてきたのである。広さは約8ヘクタールに及ぶだけに,まだまだ将来に向けて新たな庭造りが続けられている。

小学校4年のときから水汲みをした井戸の跡。家はだいぶん離れたところにあって,井戸まで10往復するのに毎日2時ごろから水汲みを始め,5時には野菜を担いで町に売りに出て,それから学校に行ったそうだ。

中学2年のとき,野菜の行商のかごにレンゲツツジの花を挿して歩いたところ,野菜よりも高い値段で花が売れた。それが花を生業に選ぶきっかけになったのだという。

私も震災後に陸前高田に行ったとき,復興のさなかで最初にできる店の一つが生花店だということを知り,花というものがいかに人の生活になくてはならないものかということに気付いたが,高橋さんは中学校の時に既にそのことに気づいていたのである。

物心着いた頃には,もう山から花を掘ってきて庭に植えていた。その花の1つがこのエゾスミレだという。

そしていよいよ「本日の見所」へ。

山全体が低木のエリカに覆われた「エリカ山」。陽殖園はもともと農地だったところである。そこに地形的にも変化をつけようと,これも一輪車で何年もかけて作ったのがこのエリカ山である。

こちらは20代のころにつくったトンボ池。

1時間半ほどかけて園内を巡ったあと,受付の前で「武市さんと語ろう会」が開かれた。

正直言って,今日の見学だけでは,参加者も消化不良を起こしていたのではないかと思う。

一口に花と言ってもいろいろであり,生態でいえば一年草,宿根草,花木,場所でいえば花壇の花,野の花,山野草,高山植物,趣味の分野でいえば園芸,庭造り,ガーデニング,華道,生け花,フラワーアレンジメント,ドライフラワー,押し花,ポプリなどがある。花好きにもさまざまな流派があって,互いに相容れないものがある。菊,朝顔,蘭などに至っては一種類の花に一生を捧げる人もいる。

つまらない質問だと思いながら,最近流行のイングリッシュガーデンをどう思われるか聞いてみた。

「人は人,俺は俺。流派というよりもその人の考え方。食べ物だって自分の好きなものと人の好きなものは違うわけでしょう。まして花なんていうのは栄養になるわけではないのだから。ただ自分の心の糧になるということでしょう。ということは自分の心の糧になるような作り方をすればいい,と俺は思う。だからこうでなければならん,ということはないと思う」

と,とてもおおらかで優しいお答えをいただいた。とはいえ,高橋さんも最初から今の境地に到達していたのではなく,過去には大きな温室を作ってみたり,人工交配に凝ってみたりと,いろいろなことに挑戦されている。加えて,単に趣味ではなく,生業として花と付き合ってきたというところに,陽殖園の独自性があると思う。さらには,8haもある陽殖園は高橋さんにとって水,薪,食料となる山菜を供給してくれる自然でもあって,暮らしそのものが陽殖園の花園の中で完結している。

そういういくつものテーマが重層的に陽殖園の中に織り込まれていることを踏まえた上で,陽殖園を訪れる私たちも花の意味考えていきたいものである。

私がイングリッシュガーデンブームに若干違和感を覚えるのは,花の意味を問うことなく,あまりにもみんながみんな,同じような庭ばかりを作るようになってしまったからだ。昭和50年代に始まるラベンダーや芝桜ブーム,サフィニアが火付け役となった1990年代後半からのホームガーデンブーム,そして現在のイングリッシュガーデンブームと,花もはやりすたりが著しいが,その時々における花の意味とは何であったのか,これから改めて問うていかなければならないと思っている。

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