三陸初日の出の旅

中尊寺

23時04分平泉駅到着。


駅前では甘酒,コーヒーがふるまわれていた。

わたしにとって初詣はほとんど初めての体験である。小さい頃は祖母に連れられて町の神社に初詣に行っていたが,それも小学校2年生くらいまでだったと思う。年越しそばとおせち料理だけは毎年食べていたが,紅白見て,除夜の鐘をついて,初詣に行って,若水汲んで家族みんなでおとそを飲むという日本的な年の越し方をしたことがなかった。大晦日も毎年なんとなく寝て,いつもどおり元旦の朝目を覚ますのだった。
だから一度,深夜に除夜の鐘をついたり初詣をする雰囲気を味わってみたかった。また,冬の夜中に外に出るなどけっこう気力のいることだと思うが,そんな中で外に出かける人たちというのはどういう人たちなのかを見てみたかった。


中尊寺までの2.5kmの参道はずっと提灯に照らされていた。いい雰囲気だ。列車から降りた人たちはみんな歩いていく。免許を持っていないということもあるだろうが,高校生や専門学校生が圧倒的に多い。考えてみれば,公然と夜遊びができるめったにない機会なのだから,少年少女はみな色めき立つわけだ。


月見坂を登っていく。両側には杉の大木が続き幻想的。中尊寺は1998年の8月にも来ており,そのときはこれでもう一生来なくてもよいと思ったが,何度来てもいいとこだ。


東物見台から北上川をの盆地を見下ろす。連なる光は車の列。ここまでして初詣に来る人とはどういう人なのだろうか。


途中から行列ができていた。いっこうに進む気配はない。こんなところに並んでいるうちに年が変わってしまったら元も子もない。いいのかなあと思いつつ,行列の脇をすり抜けて登っていく。どうやら行列は本堂の開門を待つ人たちの列だったようだ。


金色堂のほうは意外と人が少なかった。邪道なのかもしれないが,まず金色堂を詣でようと思う。

みな時計を見ながら,あと何分,あと何秒,と待っている。

あけましておめでとうございます。2002年になりました。

参拝開始。通常は拝観料を払えば内部に入れるが,今日は覆堂の外から参拝。

家族の健康のこと,仕事のことなどお祈りする。

わたしにとってこの一年は今まで20何年かの間でもかなり幸せな年だったと思う。だから今は神様仏様にすがりついてお祈りしたいことは特にない。ただ今の幸せに感謝し,今年も何も起こらないことを祈るのみである。せっかくはるばる初詣に来るのなら,もっと何かを思い詰めて来るべきだったろうか。しかし,深刻な状況に置かれていればこんなところまでお参りには来れないはずである。来れるうちに来ておくということでいいのではないだろうか。

NHKのゆく年くる年のカメラ。中尊寺から中継があることは事前に聞いていて,ビデオも予約録画しておいたが,カメラはこちらを向いてくれなかった。


そこここに色んなお堂があって,いちおう少しずつお賽銭を入れて手を合わせてまわる。大事なのはお金ではなく心なのだという人もあるが,仏様もやはり現金なもので,お金を入れなければご利益をもたらしてくれないのだという。心があればいいというのは人間の勝手な考えで,お金をたくさん入れるほど仏様のご加護も大きくなるそうだ。そう聞かされてからお賽銭は惜しまないようにしている。


そして本堂へ。この中に北海道から参拝に来たという人はどれくらいいるだろうか。

門のところでお坊さんに5円玉の入ったお餅をもらった。「御縁」と書いて5円玉が入っていることからすると,中尊寺は縁結びのお寺なのだろうか。これは結構なことだ。

お酒が振舞われたり,色んな縁起物が売っている。わたしはいちおう仏教幼稚園の出身なのだが,お経も読めないし仏教のしきたりもよくわからない。このことについてはずっと劣等感を持ってきた。だから初詣といってもどういう順序で何をして何を楽しめばよいのかわからない。売店も賑わっているが,何が何を意味しているのかわからない。人からすれば,何をしに初詣に来たのだと思われるかもしれないが,お賽銭を入れて手を合わす,わたしにはそれが精一杯だった。

0時45分,中尊寺を発つ。

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