10時44分,宮古到着。
はるばる来ました,宮古です。なんともいえぬ感慨が沸いてくる。
かれこれ宮古は5度目である。最初に来たのは1998年の12月だから,平均して年に1回は来ていることになる。北海道から宮古に来るとすれば,フェリーで八戸について,そこから海岸線を鉄道で4時間南下するか,あるいは青函トンネルで盛岡に至り,そこからさらに2時間強の山越えをするか,あるいはまた,札幌から飛行機で花巻に飛び,バスで盛岡に戻ってそこからやはり2時間強の山越えをするか。いずれにしても,非常に行きづらいところである。自分でもよく来たものだと感心する。
なぜ宮古に5度も来たのか。
山田線が好きだからである。というのは,そのとおりだが,それが理由のすべてではない。
宮古出身のある人物の影響が少なからずあるのである。彼女の名を仮に「きりんさん」としておく。
きりんさんは1年前の旅行記にも登場している。わたしは昨年,きりんさん宛ての年賀状で「正月は中尊寺で初詣でをし,釜石〜宮古で初日の出を見ます」と書いた。元日の午後,年賀状を見たきりんさんから電話がかかってきた。しかし,わたしはもう宮古を離れて帰路に着くところだったのである。
もともと宮古で会うつもりなどなくて年賀状に書いたのだが,せっかくきりんさんがいたにもかかわらず宮古を通過してしまったことを,わたしは大いに後悔した。
1年間ずっと悔やんでも悔やみきれず,今回の旅行の計画を立てるとき,最初は四国や九州へ直接飛行機で行ってしまうことも考えたのだが,どうしても宮古を外すことができなくて,このような旅となったのである。宮古で会えなくてもよいから,とにもかくにも宮古を通ることにして,今度は事前にきりんさんに知らせようと思った。
12月上旬,今は東京近郊に住んでいるきりんさんにメールをする。しばらく日をあけて返信が来る。「このことを話すとちょっと長くなるのですが」という前置きのあとに,衝撃的な内容が。
今度お嫁に行くそうだ。そして,ちょうど今日28日は,彼の両親ともども宮古へ向かい,双方の親の顔合わせがあるのだという。
これはまったくおめでたいことだ。さようならば,わたしの出る幕などない。当初,宮古では最大6時間の滞在を計画していたが,朝のうちにちょっとだけ訪れて,きりんさんが着く前に立ち去ることにした。
しかし,こうして連絡を取ったおかげで,この前の週,12月22日に東京でしばらくぶりに会うことができたわけだから,今回の旅行はそれだけでも価値があったと思う。
ということで,宮古での滞在時間は約1時間。とりあえず,駅のキヨスクで駅弁を買って,あとは特に何もすることがないので,駅前を歩いてみる。しかし,歩いて行くうちにやはりこのままでは立ち去りがたい感慨が満ちてきた。
きりんさんには,宮古のおすすめ情報をもらっていた。先週東京で会ったときも聞いたが,そのあと宮古のお母さんにも聞いてくれたのだろう。昨日も電話でいろいろ教えてくれた。すし屋なども教えてくれたが,宮古でのおすすめは何を差し置いても魚菜市場だという。「絶対楽しいから」という。やっぱりここまで言われて,魚菜市場に行かずに帰るわけには行かないと思えてきた。考えてみれば11時40分のバスで去る理由は何もなく,新幹線に乗ればあとのことはどうにでもなるのである。ただきりんさんたちに出くわさないよう,15時47分より前に去ればよいだけだ。もう時間のことは気にしないことにして,歩調を強めて直進する。
駅前をまっすぐ,しばらく歩くと魚菜市場があった。
新しくきれいな市場だった。市場特有の喧噪もなく,なごやかムードで,落ち着いて買物ができる雰囲気だ。店員さんも荒々しい浜言葉ではなく,ほんわかした言葉で話しかけてくる。これはこの地方の言葉の特徴で,京言葉に似ているといわれている。
写真には収めなかったが,奥の方に農家の人たちが座って"たくわん"やダイコンを売っているところがある。きりんさんはそこが好きらしい。
宅配コーナーがあったので,魚貝類の詰め合わせを実家に送る。今回の旅行のノルマを一つ消化できた。セットの中には,母の唯一の好物であるアワビが入っていて好評だった。
魚菜市場は意外と近く,駅から歩いて10分,走れば5分程度で,予定通り11時40分のバスに間に合った。
盛岡行き106急行バスに乗車。
バスに乗り込み発車を待っていると,なにやら聴いたことのあるメロディーが流れてきた。思わず,ハッと見上げると,三波春夫さんが歌っていた。私は,「三波春夫大全集」を持っているほどの三波さんの大ファンである。
打てや響けや 山鹿の太鼓 月も夜空に 冴え渡る
夢と聞きつつ 両国の 橋のたもとで 雪ふみしめた
槍に玄蕃の 涙が光る「俵星玄蕃」
宮古に来て,三波さんの歌を聞けて,感無量である。
11時40分,宮古を発つ。
と,ここで後日知ったことであるが,このとききりんさんのお母様と弟さんが,宮古駅に来ていたというのである。今朝また電話がかかってきて,宮古へ何時に着くのか聞かれたのだが,「何で?」と聞いても「いや何でも」と言ってたので,特に気にしていなかった。実はわたしに内緒で駅で出迎えてわたしを驚かせようという計画を立てていたらしい。
ところが,わたしが10時40分頃と伝えたところ,きりんさんが11時40分と聞き違えてしまったのである。お母様と弟さんは,駅の時刻表を見て間違いに気づき,そのあと魚菜市場へ走ったという。当然わたしの顔もわからないので,構内放送をかけてもらおうかとも考えたらしい。
まったく親子そろって,良すぎる人たちである。今日は,ご家族にとって大事な日でしょう。わたしなんかにかまっている場合ではないでしょう。そんな中で,わざわざ出迎えていただいた温情と,それにこたえられなかった切なさで,涙を禁じえない。