北海観光節旅行記旅ならば東北

毛馬内盆踊り

鹿角花輪18:24発→十和田南18:33着 花輪線快速八幡平

今宵は毛馬内盆踊りの見物である。

鹿角から毛馬内まで臨時バスも出ているようだったが,予定通り汽車で行くことにする。

十和田南駅到着。降りた客数名。今日は一年のうちでも最も熱い日であろう盆踊りの日なのに,恐ろしく静かな駅前である。


日が暮れる。


駅から会場まで,約2km。まっくらな道を行く。


軒先には提灯が下がり,それらしい雰囲気にはなってきたが,最後はやはり人に道を聞かなければ会場がわからなかった。町中に響き渡るような大音量でスピーカーを鳴らす北海道の祭りと東北の祭りは根本的に違うのである。

やってる。

プログラムを見ると本番の盆踊りは20時からだが,17時から子供盆踊りや十三の砂山踊りをやっており,すでに観客が集まっていた。

19:00〜 呼び太鼓

踊りが始まる合図の意味で打つ太鼓。これは小手先で太鼓を叩くのではなく,全身が太鼓そのものになっており,観客にバチが当たりそうなぐらい思い切り手を振り上げるのが気持ちいい。人によって叩き方に特徴があるのも面白い。マイクで解説が入り,完全に観光化している。

本部ではオリジナルの手ぬぐいやCDを販売していたので購入した。

20:00〜 大の坂踊り

時間の過ぎるのは早いもので,あれよあれよという間に踊りが始まった。

 

手拭いを被り,黒紋付に桃色の襦袢。もっもと正統派を行く衣装である。

大の坂(ダイノサカ)踊りは唄がなく,ただ太鼓と笛だけで踊る。踊りといっても,静の中に動があるような非常にゆったりした優雅なもので,これはやはり他では見られないものだろう。国指定の文化財なだけはある。

東西約200mの通りに細長い円陣を組んで時計回りに移動しながら踊るわけだが,踊り手に合わせて太鼓と笛も移動する。

太鼓は叩くだけでも大変そうだが,さらに重たい太鼓を担いで移動するのだから大変だ。

太鼓奏者の中でも写真の女性は,華奢に見えるが体の線が良く,楷書体のようなきれいなバチさばきで観客を魅了していた。

豪快な太鼓のそばで踊るのも良いが,太鼓が遠くへ行ってしまった静かな中で踊るのはさらに趣が増す。

踊りの途中何回か5分間の撮影タイムが設けられていた。輪の中に入れるのは許可証を持った報道関係者だけだが,これは良い試みだと思う。

子供たちは眠たそう。 怪しげな仮装もあり。無表情なのがなお怖い。

ここで盆踊りの所作について説明することはほとんど意味がないと思う。日本の伝統文化は「形(カタ)」を重んじるという特徴がある。「形」は伝統の積み重ねであり,その中には暗黙のうちに了解された共通の価値が秘められている。したがって,その理由や価値や目標をいちいち明確にしなくても,ともかく「形」に従うことによって先人の成果を引き継ぐことができる。「形」は人々の間に共通の価値が通用する限り,容易に崩れない強さを持っている。
しかしわたしはこれまで,書道,茶道,華道,剣道,柔道など「形」に従って修行を積み重ねるということを一切したことがない。恐らく親がそういう形にはめる教育をわたしに受けさせなかったのだろう。それは良かったと思うが,このことはまた日本人としての劣等感につながり,こうして旅をすることによって自分が日本人であることを確かめざるを得ないのである。

20:40〜 甚句踊り

今度は太鼓や笛なしで唄のみで踊る。唄い手は東西に何人かずつ向かい合い,代わる代わる一節ずつ唄っていく。踊りはやはり非常にゆったりとしたもので,他の土地の人には踊れないものである。

最後の10分間は毛馬内じょんからを踊り,21時30分で終了。あっという間だった。

わたしは昨日今日と当代一流の盆踊りを見てきた。これで「お前,盆踊りを見たことはあるか」と問われたら「はい,あります」と答えられるだろう。しかし,「盆踊りを知っているか」と問われたら「知ってます」とは答えることができないのである。それは盆踊りの本質的な部分を何も体験していないからである。

そもそもお盆というのは死者が人間の世界にやってくるときである。それを感ずるにはまず迎え火を炊くところから始めなければならない。そして夜には村の人たちが集まって顔を隠すように笠や頬被りをして踊り,その中にあたかもあの世へ行ってしまった親兄弟が舞い降りてきたような幻覚を得るのである。ふだん農作業に追われて食べて寝るだけの生活をしている人たちが,この時だけは町に集まって踊る。ねぶたまつりに見られるように,夏祭りで爆発させる東北の人のパワーというのはすごい。その背景には長い冬と厳しい毎日の暮らしがあるのだろう。そのような夏祭りとしての盆踊りのもうひとつの本質は夜這いである。秋田は東北の中でもとくに夜這いが盛んなところだったようで,地元の書店に行くと夜這い関係の書籍が多数並んでいるが,若者たちの夜這い活動が頂点に達したのが盆踊りの夜で,乱交的夜這いが行われたという。観客の中にも「今日は夜這いに来た」などと話している人がいたが,観光客にはまったく見えざる盆踊りの一面である。

汽車の時間が迫っているので駅への道を急ぐ。

十和田南21:52発→秋田0:16着 快速毛馬内盆踊り2号

踊りが終わったと同時に全速力で歩いてきたはずなのに,既にホームにはたくさんの人。バスで来たのかハイヤーで来たのか。

キハ28・58形ジョイフルトレイン「おばこ」 3両編成で,1号車と3号車が団体専用,2号車のみ乗車可能だった。席は半数ぐらいしか埋まらなく,わたしのような一人で盆踊りを見に来たふうの人は皆無だった。隣で酒盛りを始めたおじさんグループは秋田の県庁か市役所の幹部だろう。

大館から19か20ぐらいの少年2人連れが乗ってきた。東海方面から北海道を旅行してきた帰りらしい。今回の旅行は本当に良かったと,2人で満足気に語り合っている。今の世の中にこれほど純真な少年がいるのかと驚くほどだった。ヒッチハイクもしたらしい。

わたしはヒッチハイクなど卑しい人間のやることだと思っていたが,考えてみればこのくらい純真で素直に人のお世話になるという心がなければヒッチハイクはできないはずだ。ああ,わたしもこのころにもう一度戻りたいと思ったが,やはり絶対確実と思われることしか行動に移さないわたしにはできない技である。

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