品川宿場通り
先ほどの小路に戻ってさらに北へ向かう。
何となく趣深いこの通りは「品川宿場通り」という愛称がついていた。品川宿は東海道五十三次の一つである。
道の脇にぽつんぽつんと松が植えられていた。これらは東海道の他の宿場町から寄贈されたものだという。
公園も江戸時代風。「むかしボックス」のボタンを押すと地域の人の昔話が聞えてきた。
こんな車がやってきたのでとっさにカメラを向けた。そうするとクラクションをプッと鳴らされ,「なに撮ってる!」と怒られた。北海道から来た者で珍しいので写真に撮らせてほしいと説明した。
通りを歩いていると後ろからまた先ほどの車がやってきて止まった。
「これも撮っていったほうがいいんでないの」
と,「品川区シルバー人材センター」の文字を指差され,また撮らせてもらう。
恐らく品川区の条例で屋外広告物を規制していて,電柱の張り紙など違法広告物の撤去をシルバー人材センターに委託しているのであろう。これまで歩いてきて,東京なのに何となくきれいな町だなと思っていたが,その陰にはこの人たちの日ごろの努力があるのだ。
ゼームス坂
国道15号を横断し,大井町駅へと上ってゆく坂道はゼームス坂と呼ばれる。元は浅間坂という急峻な坂道だったが,沿道に住むイギリス人J・M・ゼームスが私財を投じて改修したのでこう呼ばれるようになったという。商店街は品川銀座と呼ばれている。
ここもまた時間が止まったような趣深い商店街だった。交番の前ではお巡りさんが直立不動で町を見守っていた。こんな勤勉なお巡りさんは北海道では見たことがない。
椿が咲いていた。
ゼームス坂から大井町駅に向かう車も通れないような小路。このようなところでも商店がびっしりと並んでおり,どこも小さな店だが大変活気があった。北海道と比べると同じ日本とは思えない風景である。
大井町駅前はアーケードのある大きな商店街になっていて,「大井銀座」を名乗っていた。
JR東海道本線大井町駅。駅前で少年たちがユニセフへの募金を呼びかけていたので,いくらか募金しておいた。