北海観光節旅行記モリオカの太鼓

神楽

門の下でみこし行列の開始を待つ。町のホームページでは10:00〜神事,11:00〜みこし行列となっていたが,11時を過ぎてもいっこうに行列が見えてこない。

  「本殿で祝詞でも上げているのか,なんだかはっきりしない時間が流れている」

『早池峰の賦』でそう書かれているとおりの時間が過ぎていく。


11時20分,ようやく行列が門をくぐって下りてきた。

猿田彦 権現さま 太鼓


行列は境内の妙泉寺跡?に寄ってゆっくりと参道を下りてくるので,その間に観客やテレビカメラも集落へ下りる。

 
みこし行列が石段を降りてきて集落を歩いて行く。

 
笛,太鼓,銅拍子に合わせて子供たちは神楽(しんがく)を舞う。

 
子供たちが御幣を振っている後ろでは,権現さまが歯をカッカッカッと噛み鳴らす。

映画『早池峰の賦』が撮影されたのは昭和54年である。わたしは映画を見たことがないが,本の写真を見る限りでは,四半世紀を経た今でもほとんど祭りの様子は当時と変わらないようである。東北の祭りを見るたびにヨサコイウイルスに感染してはいないかとヒヤヒヤさせられるのであるが,ここの祭りは当分大丈夫そうである。

自分たちで演奏し,自分たちで舞う。北海道にはない本物の祭りである。北海道では神社祭の行列といっても,どこでも同じ雅楽のテープをスピーカーから鳴らし,子どもたちはみこしの紐に引っ張られて歩くだけだ。そうした文化の素地がないところへ突如として現われたのがYOSAKOIソーランである。自前で演奏しない代わりにスピーカーが割れんばかりの大音量で奇天烈な曲を響かせる。そして楽器としては最も安直な鳴子を持つ。踊りの貧弱さは,年齢不相応のド派手な衣装で覆い隠す。さらに奇抜な照明で演出する。YOSAKOIソーランとはそういう虚構に満ちた祭りである。札幌にはもともと文化などないので,札幌の人の自己満足としてのみYOSAKOIソーランが演じられるならよい。問題はそれがウイルス化しているということにある。

「よさこい」は漢字で書くと「夜さ来い」で,夜這いを意味する言葉である。

  土佐の高知の播磨屋橋で 坊さんかんざし買うを見た ヨサコイ ヨサコイ (高知県民謡「よさこい節」)

よさこい祭りはもともと高知市が発祥で,昭和29年に戦後の商店街復興のために始められたイベントである。宗教的な背景はなく,1970年代には既にサンバ調の踊りが登場し,その後も流行に敏感に反応してロック,ラップ,レゲエ,ヘビメタ,ジャズ,パラパラなど何でもありとなっている。その自由な踊りに感動した札幌の学生が北海道でもやってみたいと企業から協賛金を集めて第1回YOSAKOIソーラン祭りを始めたのが1992年。以後回を重ねるごとに爆発的に参加者が増加し,これを契機として高知のよさこいが札幌経由で全国に飛び火した。北海道各地の祭りではプログラムにヨサコイが入っていないほうが珍しいくらいになっている。

東北でもヨサコイウイルスが猛威を振るっている。わたしも1997年に初めて青森のねぶた祭りを見て以来,東北の祭りをいくつも見てきたが,ここ数年の間にヨサコイによって東北の伝統ある祭りががたがたと音を立てるようにして崩れていくのを目の当たりにしてきた。東北には北海道と違って立派な伝統文化や郷土芸能があるにもかかわらず,それらを捨て去って縁もゆかりもないヨサコイを猿真似のように取り入れることに恥ずかしさを感じないのだろうか。何百年の伝統のもとに培われてきた郷土芸能は,いったん伝承者が途絶えれば復活させるのは極めて困難である。これは一地域のみならず日本の文化にとって大きな損失であり,その原因が1992年の高知から札幌へのヨサコイの伝播にあるとすれば,それに関わった人たちの罪は重大である。

内輪だけの楽しみならともかく,観光客を意識した祭りならヨサコイは排除すべきである。土地の人には珍しく感じられても,いろいろ祭りを見てきた観光客は「ここもか」と思って失望してしまう。例えば,青森ねぶた祭はハネトが伝統衣装で踊っているのかよいのであって,あのハネト達がヨサコイ化してしまったとしたら,観光客はねぶた祭を見捨てるだろう。

マスコミもヨサコイを一方的に賞賛するのではなく,東北各地の祭りを北海道でも生中継するなどして,北海道の人に本物の祭りの魅力を紹介してほしい。みんなが「ヨサコイなんてかっこ悪い」と思えるような時代が早く到来することを切に望む。

 
境内に戻ると神楽殿で神楽(かぐら)が奉納されていた。この神楽は岳や大償のものではないと思う。観客はほとんど土地の人で,思い思いに腰を下ろして飲み食いしながら見物する。神楽は本来こうした祭りと付き物であり,襟を正して見るのではなく飲み食いしながら見るのが本来の姿であろう。わたしもここで花巻で買っておいたおにぎりをぱくつく。

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