北海観光節旅行記熊野古道と北リアス線

八木新宮線

奈良交通の味のある五条駅前待合所。

京都方面から熊野詣でをする場合,田辺まで海沿いに南下し,中辺路によって本宮に至るのが古来からの定番のようである。しかし,私はこのルートによらず,十津川村経由で本宮に至るルートを迷うことなく選択した。十津川村を通ってみたいというのは,北海道民として自然な感覚ではないかと思う。

明治22年に十津川村を襲った大洪水で暮らす場所を失った人たちが,北海道に移住して新十津川村を作ったことは有名である。しかし,何もこれは特殊なケースではない。

北海道の開拓といえば屯田兵が有名だが,数的に圧倒的に多いのは,道庁による殖民地選定が開始されて以降の一般の入植者である。その嚆矢が,十津川移民だった。その後の各県からの移住者も,十津川村のような劇的な事件があったわけではないにしても,人口が飽和した内地の農村では,生活が限界にきており,北海道に新しい土地を求めざるを得なかったのである。

五条駅15:07発→ホテル昴18:20着 奈良交通 八木新宮線 新宮駅行き

 

このバスは日本一走行距離が長い路線バスとして知られている。近鉄の大和八木駅とJR紀勢本線の166.9kmを約6時間半かけて結んでいる。この3月で運行50周年を迎えるということで,記念乗車券などが販売されていた。マニアであれば,始発の八木駅から乗るべきだろうが,そこまでのこだわりはないので,京都で入浴の時間をとって近鉄特急で追いつき,五条から乗ることにしたのである。

車内はいかにもマニアっぽい人の姿はなく,ほどほどに空いていた。

さっそく,柿の葉寿司をいただく。

道路沿いには,みかんの直売所が数軒あった。

五条は吉野林業の集積地であったという。北海道ではもうなくなってしまったような,小規模な木工場をいくつも見かけた。

車窓には明らかに鉄道のものとわかる橋脚やトンネルが目に入った。調べてみると,これはいわゆる鉄道未成線で,昭和の初めに着工し,紆余曲折を経て昭和54年まで建設が続けられたのだという。建設線の名称は阪本線または五新線といい,いま乗っているバスと同じく,五条から十津川,本宮を経て,新宮に至るルートであった。結局鉄道車両が走ることはなかったが,五条から城戸までは昭和40年以降現在までバス専用道として活用されている。

天辻峠を越えて熊野川の流域に入った。バスは時折テープによる観光案内が入り,これは猿谷ダムだと教えてくれた。

国道168号は2車線幅のない部分が多くあり,対向車との行き違いに窮する場面もしばしばだった。

大がかりな道路の付け替え工事もいくつかの場所で行われていた。しかし,このような鉄とコンクリートを大量に使った道路は,この次災害に遭ったとき,もう作り直すことはできないのではないだろうか。

五条駅からいまはなき西吉野村,大塔村を経て,1時間20分で十津川村に入った。途中,天辻峠で既に熊野川の流域に入っている。

車窓には生々しい土砂崩れの跡が右へ左へと過ぎていく。昨年の台風12号の爪痕だろう。

上野地バス停で約20分の休憩。

小さな市街地を少し登っていくと,有名な吊り橋がある。

長さ297m,高さ54m,「谷瀬のつり橋」。生活用鉄線つり橋としては日本一の規模だという。

こうした谷底の川原には,明治22年の大洪水まで耕地があって,当時の被災者が北海道に移住してできたのが新十津川村だという説明があった。この山深い土地と,新十津川の田園風景を比べてみるとき,北海道に渡った人たちのほうが,物質的にはその後相当な豊かさを味わったに違いないと思う。しかし故郷に見切りをつけたということの代償がどれほどのものであったかは,いまとなってはわからない。

ただ,思うのは,先祖代々同じ土地に住み続けるということは実は稀なことなのではないということである。昨年の大震災を経てその思いを強くした。たしかに,先祖代々の土地を守る気持ちが,いまの日本の地方を支えている面もあると思うが,もう一つ大事にしたいのは,その土地に定住する覚悟である。定住する覚悟を持った暮らしと持たない暮らしは根本的に違うものだと思う。もちろん両者ともありうるだろうが,私は定住する覚悟というものをどこまでも尊びたいと思う。

つり橋の向こうには茶屋があるようだった。17時までの営業ということで,ぎりぎり間に合うかもしれないと思ったが,高いところはやっぱり怖いのでやめた。

バスから降りた女性は,大きなカバンとお土産の袋を持って,すたすたと向こうへ渡っていった。この向こうに実家があるのだろうか。かっこいい。


バスは村として日本一面積が大きい十津川村をどんどんと南へ走っていく。

17時40分頃,十津川村役場バス停を通過。もうかなり暗くなっていたが,役場所在地にしてはあっけない市街に見えた。役場のバス停と次の「滝」バス停で青年が一人ずつ乗ってきた。五条を出た時点で2人乗っていた青年と仲間らしい。マニアの部類ではなく,話している内容からして,かなり高級なホワイトカラーの職に就いているように思われた。

 

目的地の1つ手前,十津川温泉バス停で約10分の休憩。ここは意外と垢抜けした市街を形成しており,店も何軒かあった。

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