函館本線

旭川 あさひかわ 有人駅
旭川市宮下通8丁目
明治31年7月16日開業
標高114m  15002人
4面7線
みどりの窓口500-045
自動改札対応
キヨスクあり
函館より423.1キロ
近文より4.0キロ
5分ローソン
(駅前2つ目の信号右折)
2000.8.12下車

●近文→旭川の車窓

400km以上に及んだ函館本線の旅も終わりは近い。列車は最後の歩みを始め,石狩川を渡る。左手には旭西橋,新橋が連なり,遠く鉄骨アーチの旭橋を望む。線路は高いところを走り見通しが利く。右手にはカマボコ形の大雪アリーナが居座り,天気が良ければ車窓前方に大雪山が神々しくそびえる。左の線路下には日本醤油の古びた工場,東本願寺別院など時代遅れの風景を目にし,旭川という地名の由来となっている忠別川のほとりに進むと線路が幾重にも分岐し,ガタンゴトンと長いホームに滑り込んで終点,旭川に到着する。
旭川は第7師団が置かれた軍都であり,道東,道北開拓の拠点であった。また実現の一歩手前で札幌の猛反対にあって消えてしまったが,皇室の宮殿「上川離宮」を置いて北京を築く計画があった。函館本線はまさに旭川を目指して敷かれたのであり,旭川の人は函館本線の終点が札幌ではなく旭川であることに誇りを持つべきだろう。

●旭川駅

かつては列車が到着すると「あさひがわ〜,あさひがわ〜」とアナウンスがあり,独特の旅情があったが,昭和63年3月に「゛」を取って「あさひかわ」に改称し,到着アナウンスも機械の声に変わってしまった。現在では駅弁売りのおじさんが旭川駅独特の音風景を作り出している。「お弁当はいかがでございますか,お茶とお弁当はいかがでございますか」と延々繰り返される。その声には独特の哀愁が感じられる。
旭川駅は昭和35年に民衆駅として建て替えられ,ステーションデパート,地下改札口など懐かしい光景が見られる。また運転所には全国的にも珍しくなった扇形車庫が残るなど,ここでは今でもJRというより国鉄といったほうがしっくりくる。しかし国鉄時代そのままというのは旅行者にとって懐かしく感じられるかもしれないが,日常的な利用者にとっては必ずしも好ましいことではない。
私は高校時代の3年間旭川駅を利用したが,非常に居心地の悪い駅だった。まず待合スペースが狭い。現在は通路に並んでいた椅子も撤去され,いよいよ狭くなった。その待合室にはどう見ても列車を利用していない人たちが居座っている。深夜は駅を締め切るはずだが彼らはどうやって夜を過ごしているのだろうか。
コインロッカーのあたりも怪しい雰囲気で,実際ロッカーから死んだ赤ちゃんか鉄砲が出てくる事件もあったように思うが,現在では人目に付くところに整理されている。
トイレも国鉄時代には大きかったのだが,改築されて小さくなった。床はいつもびしょびしょで汚く,便器の前に立つと「こぼすな」ということを婉曲的に表現している文章が目に入るが効果はあるのだろうか。そもそも便器が小さすぎるのが悪い。
みどりの窓口も悪い。切符を買うとき駅員と客の間で必ず一悶着ある。無愛想な駅員も悪いが,はじめからけんか腰で臨む客も悪い。その背景には国鉄末期に職員の解雇やローカル線の廃線に見舞われたこの地方特有の国鉄に対する不信感があるように思われる。
旭川は古い街である。明治30年代に第7師団が置かれてから軍都として発展してきたが,戦争が終わった今も軍都そのものだ。駅を出て街を歩いてみると,やたらと古い建物が多いことに気づく。内地の下手な城下町よりもずっと古い建物が多い。これは旭川が地震,水害など災害のない街であることに起因するといわれる。建物も古いが,人間も古い。化石のような人たちがたくさんいる。子は親と同じ人生を歩み,毎日同じことを繰り返して生きている。古いものを良いと思って残しているのではなく,単に変わろうとしないだけである。
このようにさんざんのことを書いてしまったが,それでも旭川駅に降り立つと,やはりふるさとに帰ってきたんだと実感する。変化のない街はいつ帰っても同じ風景に出会えるという絶対的な安心感をもたらしてくれた。しかし,現在「北彩都あさひかわ」という旭川駅周辺開発整備構想により駅周辺が変貌しつつある。旭川駅も高架化される。長年変化を拒み続けてきた旭川の街も駅の改築を機にがらりと変わってしまうのではないかと心配している。


昭和30年代の雰囲気そのままの地下改札口。列車別改札を行っていた頃は少しでも早くホームにたどり着くために地下の改札に並んだものだ。


駅前は平和通買物公園。もとは師団通といわれた国道だったが,五十嵐広三市長(のちの官房長官)のアイデアにより昭和47年に歩行者天国となった。旭川にしては珍しく世界に先駆けた取り組みである。


こちらは変わらない風景の代表「アサヒビル」。戦後の復興を象徴する建物として旭川市の歴史的建築賞を受賞している。


古さを生かしたまちづくりが注目を集めている銀座通り商店街。銀座デパートはすごい。一見の価値あり。駅前を右に1km,1条から4条まで。

●見どころ

□平和通買物公園

駅前すぐ。旭川八景。昭和47年に完成した日本初の恒久歩行者天国。昼間は自転車も不可。かつては師団通りと呼ばれた旧国道12号で,旭川駅からまっすぐに続き,両側に有名百貨店や専門店が軒を連ねる景観は,全国に誇れるものである。旭川は彫刻のまちとしても知られ,各所に彫刻が配されている。中でも特に「手の噴水」は有名。しかし近年はショッピングゾーンが郊外に移り,景気が悪いようだ。1条の丸井の向かいの広場には立派なアトリウムが建設され,休憩に良い。

□さんろく街

徒歩5分。北海道ではススキノに次ぐ第2の繁華街。語源は3条6丁目にあることからきている。昭和40年ごろにできた比較的新しい歓楽街で,夜にはネオンが宝石のように輝く。

□7条緑道

買物公園をまっすぐ1km。市役所から常磐公園に続くみどりの散歩道。

□常盤公園

買物公園〜7条緑道を経由して駅から1.5km。バスも多い。日本の都市公園100選,旭川八景。明治43年開園。以下の施設があるほか,さまざまなイベントの会場になる。(2000.8訪問)

▽道立旭川美術館

常盤公園内。地味な美術館だが企画展示は一流の物がくる。周辺には彫刻がたくさん配されている。

1000-1630 月休その他 常設展大人100円,学生60円

▽川のおもしろ館

旭川は川のまちともいわれる。

1000-1630 月祝休 無料

▽青少年科学館

昭和38年にできた古い施設。

プラネタリウム投影1100-(夏季平日団専),1330−,1430−,1530−

1000−1700 月・祝・月末日休 無料

▽氷彫刻世界大会

2月上旬。北海道の氷彫刻の中では最もレベルが高いとされる。旭川冬まつりと同時開催。

□旭橋

駅から2km。バスあり。旭川八景。国道40号,ロータリーの北,石狩川に架かる。昭和7年竣工,軍都・旭川を象徴する名橋。旭川は川のまちともいわれ,市内には759もの橋が架かっている。

□蔵囲夢

駅前すぐ右折,直進500m。旭川駅周辺開発「北彩都旭川」の玄関口にある新名所。築100年の赤レンガの倉庫を再利用した大雪地ビール館やギャラリーがある。

□病院銀座(4条通)

国道39号,4条通に沿って,内科,胃腸科,外科,耳鼻咽喉科,歯科,眼科,皮膚科など,各種病院が建ち並ぶ。平成11年,NHKの特集番組で紹介された。近郊の市町村から病院通いをしている人が多く,富良野,深川方面からは旭川駅,士別・上川方面からは旭川四条駅を利用している。近年はバスでの通院者も増えている。旭川四条駅周辺には,通院者相手の商店街が形成されており,哀愁を帯びた老人街である。時間があれば病院銀座,銀座通り商店街,17丁目オール商店街などを歩いて旭川四条駅まで散策してみるのも楽しいだろう。


以上,徒歩圏内の見どころ。バスを使って訪れることのできる見どころは当サイト旭川市のページを参照。


*無料貸し自転車

JR旭川駅では無料貸し自転車を用意している。2000年に全車新車に取りかえられ,かなり立派なものだ。30台あり,7月と8月を除いては列車利用者以外も借りられる。ただ最近盗難が多くなっているので身分証明書による確認が必要。

900-1700 列車利用者以外は入場券(160円)必要

*1日フリー観光パスポート乗車券

詳細不明だが旭川電気軌道,あさでん,道北バスのバス乗り放題チケットらしい。パスポートは旭川駅前のアサヒビル1階窓口にて1000円で発売。旭川駅前のバス乗り場は各方面が分散していて非常にわかりづらいので注意。


 

近文 北海道駅前観光案内所 終点

おつかれさまでした。終点旭川です。網走方面は石北本線へ,稚内方面は宗谷本線へ,富良野方面は富良野線へお乗換えください。