| 腹帯 | はらたい | 無人駅 | |
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下閉伊郡新里村大字腹帯1丁目49番地 | ||
| 昭和9年11月6日開業 | |||
| 標高85m | 40人 | ||
| 単線 | |||
| 宮古より19.5キロ 茂市より4.4キロ |
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| 2003.4.28下車 | |||

茂市まで来ればもうだいぶん山の中まで来たという気がするが,まだ宮古から盛岡までの行程のうち7分の1しか進んでいない。区界峠までもまだ50km以上ある。山田線はとてつもなくスケールが大きいのだ。
茂市駅は岩泉線が本線のような線路配置であるが,岩泉線から分岐するようにして左へカーブを切り,茂市トンネルへ入る。トンネルを抜ければ山峡で,両側を千尺の切り立った山に囲まれた川筋を延々と進む。こんなところでも川沿いのわずかな隙間に人がへばりつくようにして住んでいる。集落の名を袰地,袰屋というが,この「袰(ほろ)」は北海道の地名によく見られる「幌」に相当し,アイヌ語に由来するといわれる。腹帯館の下をトンネルを抜けて腹帯駅に着く。

ハラタイも何となく北海道にありそうな地名で,「帯」は北海道で書くところの「岱」で,アイヌ語のタイ(森林)との関連も指摘されている。東北の中でも北東北といわれる青森,秋田,岩手にはアイヌ語地名が多数見られ,ヤマトの支配が及ぶ中世以前には北海道と同じ文化圏にあったことがわかる。
駅前は旧国道に面しており,小さな集落である。国道は昭和47年頃に切り替わり,新道は閉伊川の対岸を通っている。106急行のバス停は腹帯上の橋と腹帯下ノ橋の中間付近にあり,駅から歩くと10分くらいかかるので注意。
ホームは元島式だが,交換設備は他の駅に比べて早い時期に廃止されたようだ。駅舎は1999年に蟇目駅と同じ型に建て替えられた。
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| 駅前風景 | 駅前の「あはあごことば」 |
閉伊川の河畔に「牧庵鞭牛 閉伊街道開削此処に始まる」の石碑がある。鞭牛が閉伊街道の開削に取り掛かったのは1758(宝暦8)年,数え48歳のとき。大淵付近は交通の難所といわれ,淵を取り巻く岩にしがみつくようにして通行したという。足を滑らせて川に落ちる人も多かったことから「淵には大うなぎが住んでいて,行き交う人をさらう」と言われていたが,鞭牛による改修により路面が水面から5〜6尺上がり,事故が減少した。鞭牛の工事は大きな岩はまわりに木を積んで焼き,熱した後に水で急冷して岩を砕くなど,土木技術的にも優れたものだった。閉伊街道開削により鞭牛の名声は高まり,73歳で入寂するまで,県内各地の道路改修の指導にあたった。
| ▲ | 茂市 | −北海道駅前観光案内所− | 陸中川井 | ▼ |