山田線(岩手県)

陸中川井 りくちゅうかわい 有人駅
下閉伊郡川井村大字川井
昭和8年11月30日開業
標高187m  144人
単線
宮古より28.6キロ
腹帯より9.1キロ
委託窓口600-2100
駅前5分ヤマザキストア
2003.4.28下車

●腹帯→陸中川井の車窓

腹帯はこの沿線にしては珍しく,1km四方の開けた土地で,緩やかな傾斜地に段々畑や棚田が広がり,いかにも日本的な美しい農村風景である。やがて谷は狭まり,これまでにも増して急流となる。トンネルと橋梁で峡谷をかいくぐり,右に左に素晴らしい景色が展開するが,乗客もじっと座っていられなくなり,立ち上がって窓の下を覗き込んだり,川が見えるほうへと席を移動したり,車内が騒がしくなってくる。
三ツ石トンネルを通って川井村に入ると古田(ふった)という集落があるが,ここは名前の通り古い集落で,閉伊街道の時代には駅所が置かれていた。しかし牛馬も通れぬ難所だったために伝馬人足にあたる農民の負担は多く,また凶作にも何度も苦しめられてきた。それでも今も何軒かの農家が生活しているようで,バスに乗ったときには崖っぷちのバス停で何名かの乗降客があった。文献によればこの地区にはオシラサマ信仰や隠し念仏が浸透していたとある。隠し念仏は岩手県を中心に広まった民間信仰で,その実像はいまだによく見えてこない。何もかもがあからさまになった現代においても,東北には闇の部分がまだ残っていると言われる。
もうかなり登りに入っており,この区間で標高を100mかせぐ。宮古は雪があまり降らないが,ここまで来れば雪もかなり深くなる。茂市ではすっかり散っていた桜も川井では満開だった。

●陸中川井駅

かつては2面3線のホームがあったが,現在は単線駅。そのため委託駅になっている。駅舎は川内駅と同型。ここもまだ宮古への通学圏で,高校生の利用が多い。
川井村は人口約3800人。閉伊街道の宿場町として発展してきた集落である。柳田国男の『遠野物語』は釜石線の遠野が主な舞台であるが,川井の話も出てくる。

閉伊川の流には淵多く恐ろしき伝説少なからず。小国川との落合に近き所に,川井と云ふ村あり。其村の 長者の奉公人,ある淵の上なる山にて木を切るとて,斧を水中に取落としたり。主人の物なれば淵に入りて之を探 りしに,水の底に入るままに物音聞ゆ。之を求めて行くに岩の陰に家あり。奥の方に美しき娘機を織りて居たり。そ のハタシに彼の斧は立てかけてありたり。之を返したまはらんと言ふ時,振り返りたる女の顔を見れば,二三年前 に身まかりたる我が主人の娘なり。斧は返すべければ我が此処にあることを人に言ふな。其礼としては其方身上 良くなり,奉公せずともすむやうにして遣らんと言いたり。其為なるか否かは知らず,其後胴引など云ふ博打に不 思議に勝ち続けて金溜り,程なく奉公をやめ家に引込みて中位の農民になりたれど,此男は疾くに物忘れして,此 娘の言ひしことも心付かずしてありしに,或日同じ淵の辺を過ぎて町へ行くとて,ふと前のことを思ひ出し,伴へる 者に以前かかることありきと語りしかば,やがて其噂は近郷に伝わりぬ。其頃より男は家産再び傾き,又昔の主 人に奉公して年を経たり。家の主人は何と思ひしにや,その淵に何荷とも無く熱湯を注ぎ入れなどしたりしが,何 の効も無かりしとのことなり。

深山幽谷の寒村も,今では明るい山村である。

市街地は閉伊川の対岸にある。駅前の川井大橋は山田線開通と同時に完成した。洪水による流失が2度あり,現在の橋は1995年に完成した4代目である。
国道沿いにはドライブインやコンビニがあり(昔でいう茶屋),現在でも宿場町としての機能を残している。
旧国道の商店街。国道が整備されて便利にはなったが,ちょっとした買物でも宮古や盛岡まで行くようになり,地元商店の寂れ様は著しい。

●見どころ

□川井村北上山地民俗資料館

役場の隣に1994年開館した立派な資料館。山の生活を支えてきた道具等が展示されており,展示品の一部は2003年2月に国の重要有形民俗文化財に指定された。山間地医療に関する展示もある。さらにこの資料館を中心として,村全体を博物館とする「木の博物館構想」も進められており,今後が楽しみ。川井大橋を渡って突き当たり。駅から徒歩5分。

900-1630 月休 200円

腹帯 北海道駅前観光案内所 箱石