礼文路

礼文空港

高山植物園

ここは正直言ってあまり感動しなかった。わたしは高山植物よりは園芸植物のほうに興味があるのだが,だからといって高山植物が花壇に植えられていてもあまり好ましい感じがしない。やはり高山植物は野山にあるのが良い。入場料300円。

道道40号は金田ノ岬を回らずにここからエリア峠を越えて船泊に出るが,今日は工事で通行止め。眺めが良さそうだっただけに残念。

礼文空港

礼文空港はいちおう見ておきたかった。さすがは島民のSさん,「それなら飛行機を見るのに良いところを知っていますよ」ということで,運良く1日1便の離陸光景を見ることがで来た。


とても小さなDHC-6型機。体をかがめて乗り込まなければならないそうだ。滑走路は800m。

空港というにはあまりに小さな建物。礼文空港は昭和53年開港。エアー北海道の稚内・礼文便が1日1往復している。札幌・東京方面から稚内空港で乗り継いで利用する人がわずかにいる程度で,年間旅客数は約4000人。

船泊


船泊(ふなどまり)市街。Sさんいわく「最北の歓楽街」。たしかに宗谷岬よりは南だが稚内市街よりは北にあるから,その表現は当たっているかもしれない。ネオン街とまではいかないが,きちんとスナックもあった。船泊は昭和31年まで独立村で,礼文島では香深と双璧をなす集落である。


最北のタイヤ人形?

須古頓(すことん)小学校

へき地5級,児童5,教員3 (平成6年度のデータ,平成9年度で廃校)

今日はじめてのへき地5級校。児童わずか数名の学校にしては大きく立派な校舎だ。壁面に描かれた魚の絵も今ではむなしい。閉校から4年が建ち,校庭にはタンポポが群生していた。子供たちで賑やかだった頃がしのばれる。

へき地学校について(その4)

□□□再び,小さな学校へ憧れ□□□
前ページでへき地校の実情を書いたが,それでもなお私は小さな学校への幻想を捨てきれない。私の母も祖母も小さな学校の出身であるが,少なくとも並の人よりは教養がある。山奥の小さな学校から大した勉強もせずに東大に入った人も知っている。
学校の先生だって都会にしか暮らしたことがない人がいきなりへき地に飛ばされたら,たしかに最初は驚くだろうが,子供一人一人の顔が見え,地域の人たちからも「学校の先生」として頼りにされることに人間として喜びは感じないだろうか。小さな学校の運動会を何度か見に行ったことがあるが,地域の人総出で賑わい,実に楽しそうだった。これも先生にとっては都会の学校では得られない体験だろう。小さな学校では先生が学校を離任するとき,地域の人たちみんなで引越しを手伝い,トラックで次の赴任先の学校まで荷物を運んであげるのが慣わしである。このような地域の人の温情に触れたとき,涙せずにはいられようか。

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