十和田湖行きの最終便である。この便は札幌駅のみどりの窓口で指定券を発券できなかった。青森のバス案内所で聞いても指定券は不要と言われたので,途中の停留所からの指定券は出していないのだろう。
今度の運転手さんはずいぶんと饒舌である。バスは要所でテープによる観光案内が入るが,テープが止まっている間は運転手さんがずっとしゃべり続けていた。
「今日宿についたら食事の前に一回お入りください。寝る前にもう一回,そして明日の朝もう一回,3回はお風呂にお入りください。ですから温泉のマークは湯気が3本あるのです。そういう意味なんです」
と,バスガイド並みである。
睡蓮沼
標高1040mの傘松峠にある睡蓮沼。今日は奥入瀬渓流は真っ暗で何も見えないから,せめてここで八甲田を見て行きなさいと,運転手さんが停めてくれた。
沼に北八甲田の3つの山が映る。田のような湿原に,八つの甲(かぶと)状の山がそびえるので,八甲田というのだそうだ。
蔦温泉旅館
蔦温泉でトイレ休憩のため停車。大町桂月が晩年を過ごしたことで知られる温泉である。この時間でも趣深い売店がまだ営業していた。
焼山
バスは十和田湖温泉郷を経由して焼山に到着。お土産屋は17時半までの営業なのだろう,バスが着くと同時にシャッターが閉まり,真っ暗になった。
冷気陰々とした奥入瀬渓流。
ドライブイン桂月
焼山から八戸行きのJRバスに乗ると,バスオプション券が使えるのだが,もう最終便が出てしまっており,十和田市行きのバスまで1時間ほど待つよりほかにない。
食事は盛岡に着いてからと思ったが,外は寒いのでとりあえずドライブインで時間をつぶすことにする。
「桂月」という,名前からして味のあるドライブインで,親子丼(600円)を頼む。
ゆっくりと食べていると,訳ありげな奥様が一人,二人,そして,夫婦とは思えない初老の男女が入ってきて何かを注文し,また静かに店を出ていった。夜の観光地には様々な人生が行き交っている。
バスは2名の客を乗せて,幽窓の中を十和田市へ向かう。十和田市もかれこれ3度目で,こんなに何度も来ることになるとは思わなかった。
電鉄の十和田市駅に隣接している十鉄ストア。吹き抜けでミュージックテープのワゴンセールをやっていた。もう20年も前に発売された市丸さんの全集が新品として売られていて驚いた。帰ってきてから調べると「都どり」「三日月しんない」「銀の雨」と,持っていない曲が3つ含まれており,買わなかったことを後悔した。
電鉄三沢駅の古めかしい駅舎は健在だった。あと5年もすれば東北新幹線が青森まで延伸するだろうが,そのとき新幹線のルートからはずれる三沢はどうなるだろう。
乗車した車両は煙草の香ばしい煙が漂っていた。JR北海道の列車は今年3月に全面禁煙となったので,何か非常に懐かしい感じがした。
仙台行きのはやて最終便。
花の盛岡到着。
今回の旅行の計画も,いろいろな行程を考えて二転三転したが,盛岡に宿をとることは揺るがなかった。
盛岡は美しい街である。ただ何となく美しいのではなく,駅に降り立った瞬間,ウォーッと叫びたくなるような,宝石のような輝きを放つ美しさである。
できうることならば,盛岡に住み,盛岡の店で服を買い,盛岡の人と同じものを食べれば,わたしも美しい人間になれるのではないかと思うが,それは叶わぬ願いである。
まずは駅前のぴょんぴょん舎で冷麺をいただく。昨年の5月以来,1年半ぶりだ。職場で焼き肉などするとき,「年に1度は冷麺食べに盛岡に行っています」などと話すと,みなけっこう驚いてくれる。
しかし,冷麺はもちろん良いのだが,このぴょんぴょん舎は幸せを感じる店なのである。いつ訪れても店内はクリスマスのように幸せに満ちており,喜びにあふれた人達と空間を共有するだけで,わたしの心からも憂いや悲しみが吹き飛ぶような気がするのだ。
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大通り。通りに面したすべての店が営業しているのは,ほとんど奇跡的といってよい。日本にもこういう地方都市が存在するのだ。万灯きらめくアーケードを夜更けまで若者達が行き交い,歩くだけで幸な気分にさせてくれる繁華街である。
本日の宿屋は,パシフィックホテル盛岡。