北海観光節旅行記秋の湯殿山・尾瀬

4. 地蔵倉

再び豊牧の集落に入る。重機で強引に作った感じが否めない棚田よりも,むしろこうした農村風景に安らぎを感じる。

ぐねぐねと曲がった径に家が点在する集落は,北海道ではまずありえない風景。

その中に,葬式を挙げている家が1軒あった。花輪も北海道とは異なり豪華なものだったが,このあたりでは家で葬式をする習慣がまだ残っていたのだろうか。

私が育った家は昭和48年に改築をしていたが,その際,家で葬式をできるように2階の座敷の床を鉄骨で補強していた。これは,少女時代を内地で過ごした曾祖母の希望であったという。しかしながら結局自宅で葬式をすることは一度もなく,曾祖母,祖母,祖父,母と,みんなお寺で葬式を挙げた。しかも,いまやお寺で葬式をするのは珍しいくらいで,葬儀場を使うのが一般的になっている。まったく,このわずか数十年での葬式の変わりぶりには驚くべきものがある。

棚田の観光を終え,国道に戻る。直線距離では300メートルくらいだが,谷を1つ越える必要があり,車道は大きなS字状に付けられている。近道はなく,やむを得ず道なりに歩いた。

16時25分,国道に合流。バスを降りてから3時間余りの観光時間の約半分をここまでで費やしてしまった。これから少し急がなければならない。

眺望の森・湯の台。もっと晴れていれば,月山や鳥海山を望むことができるらしい。

湯の台高原。人家はなく,両側が一面そば畑。品種は「最上早生」で,厳神権現(いわがみごんげん)蕎麦を名乗っている。

そば畑の中にあった稲荷大明神。

再びこけしが現れた。正面は大蔵村村営の湯ノ台スキー場。

スキー場を過ぎると峠に差し掛かった。ここで約600メートルのトンネルを通らなければならない。写真右手は旧道の入り口だが,トンネルに切り替えられて25年がたち,容易に歩ける状況ではなさそうだった。

トンネル内には,歩道があり,思っていたよりも苦労なく通過することができた。

肘折温泉は目前だが,先に地蔵倉に参拝しておく。

1200年余りの歴史があるという地蔵倉は,参道にも荘厳な雰囲気が漂う。

  

さわやかな山道を登る。

途中の岩窟にあった子造り地蔵。

視界が開けると,岩肌に沿って,人ひとり分の細い道が続いた。

眺めは良いが,かなり険しい道を行く。

地蔵倉

国道沿いの登り口から10分ほどで地蔵倉に着いた。

 

お地蔵さんもさることながら,首のない石にも服が着せられていたりするのには,手を合わさざるを得ない。

 

お堂は大正5年建立のようである。

岩壁には無数の穴が開いており,こよりを通すと良縁に恵まれると言われている。

本来ならば,私もこの習わしにあやからなければならないところだが,やっぱり躊躇してしまった。

経験上,良縁を神様仏様にお願いするのは,かなり確実な効果がある。しかし,結局その縁を活かせなかったということが何度か続き,申し訳ないばかりなので,5年ほど前から良縁を祈願するのを差し控えている。

ただ,このままの人生を過ごせば,あとでとてつもない後悔をするのではという気がしないわけでもない。

迷う気持ちのまま,お参りだけして,地蔵倉をあとにした。ともかく,いろいろな人も思いも感じることができて,地蔵倉には来て良かった。

晴れていれば,この肘折の渓谷の先に月山を望むことができるという。現在,肘折口からの月山登山ルートは辿る人も稀であるが,江戸時代には主要な参詣道であり,肘折から望む山容が月の出のように見えることが月山のいわれだとも言う。

写真に見えている国道458号は,現在の日本国道では唯一未舗装区間が残るとされている。かつて日本三大銅山と呼ばれた永松銅山もこの先にあるという。

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